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PROFILE『Chanの某国滞在記』/鳳凰東山と鳳凰西山を歩く 後編


 前編はここをクリックしてご覧下さい。

堰堤 堰堤  8時42分 鳳凰東山の南側峰から北を見ると、北の峰が見えました。

歩き出して間もなく、石への落書き「東北多霧松,今在港城現。登上鳳凰頂,一遍林海原。徐進古 2015.1」を見つけました。
 鳳凰東山の北東側は 砕石場として使われていました(下の左と中央写真)。
砕石を取るために、墓までをも荒らしてしまっています(右下写真)。
しかし、この墓 たぶんですが 違法な墓です。
後で説明しますが、某国では至る所に墓があり、道端にある時もあるんです。驚きです・・・
墓が荒れる 砕石場 砕石場
 8時50分 鳳凰東山の北側の峰に到着。私が住んでいる新浦方面が霞んでいます(左下の写真)。
次に目指す、鳳凰西山とその山頂にある碧霞宮が霞んで見えました。
碧霞宮 鳳凰西山 新浦
線香 山麓
 同じ道を引き返すのも脳がないので、北の峰と南の峰の間の谷沿いに、獣道に近いような道を下山してみました。

 9時8分 山麓の道に出ました。
下山ルートは山の上のお墓に墓参りに行く為の道だったようです。登れない年配者が置いた物なのか、お線香が道端に置かれていました。
朝聖 舗装道路  9時10分 舗装道路が見えてきました。

 9時16分 魁星閣付近まで戻ってきました。
この辺りに「朝聖」という石で出来た看板があったので、そこから再度登って見ようと考えて戻ってきたのです。
 朝聖から登る途中、西を見ると朝渡ってきた歩道橋と、更に奥に鳳凰西山が見えました。
下中央の写真は、歩道橋たもとに駐輪している私の電動自転車です。よく見てください、人が一人います。この方が誰なのか後で紹介します。
お墓群の場所まで来ました。朝聖とは巡礼の意味で、お墓群に行く道だったようです。
南の方角に魁星閣が見えます。その先は同じルートなのでここから引き返すことにしました。
朝聖 電動自転車 西方面
功徳箱 看板  さて、下山途中にあった看板です。
「国家、省、市の埋葬管理条例」のようで『耕作と墓の建設を禁止する』とあります。某国では、「父:○○の墓、母:△△の墓」という墓標が一般的で、「○○家の墓」という形式を取っていません。だから、この国の膨大な人口の為のお墓の確保は大変なようです。

 9時38分 駐輪場に戻ってみると、朝誰もいなかったのに管理人がいました。それと入口に「功徳箱」が置かれていました。駐車料金が必要なことが分かっていたので、功徳箱に1元入れると管理人がニッコリ・・・ これでOKです。

 9時44分 麓の町にある普照寺に到着。左から、地蔵殿、城隍廟、普照寺です。
普照寺
工事 工事
 麓の町は、工事、こうじ、kouji、・・・ 水道工事らしいが、町全体が 路地だろうとメイン通りだろうと一斉に工事をしていました。
日本なら、工事区間を区切っての工事を計画すると思うが、どこもかしこも工事中・・・
 10時3分 碧霞宮の登り口に到着。
畑の中の石段を登っていきます。
碧霞宮 碧霞宮 碧霞宮
 10時14分 西の方の山々/孔望山や錦屏山が見えます。
 10時18分 碧霞宮に到着。
碧霞宮 西の山々
尻もち 鳳凰東山
 10時23分 碧霞宮から見た鳳凰東山/魁星閣です。

私の後ろ姿、何を見て欲しいかと言うと、私のお尻付近です。碧霞宮で使われた線香の灰、この灰は非常に滑りやすく、少し濡れただけでスピードのあるスリップとなります。
ツルット スッテンコロリ ドンケツをついてしまいました。
 10時47分 帰路に撮影した革命記念館、市博物館、市庁舎です。
  市庁舎 市博物館 革命記念館

 11時15分 今日も無事宿舎(マンション)に戻ることができました。

次回は どこにしようかな?

前編は ここをクリック してご覧下さい。

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