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Kaakaの世界/ウォーキング
栃木県/滝尾道で歩く『 もうひとつの日光』 前編(2011.10.29)

(日光)滝尾の路

 今回目指すは 滝尾道(たきおのみち)で歩く『 もうひとつの日光』です。
といっても、ご存じの方は少ないと思います。
 二社一寺でにぎわう東照宮とは違ったもうひとつの日光を発見できるのが滝尾道です。
滝尾道は、勝道上人の霊廟(れいびょう:人の霊をまつってある建物)の開山堂から始まる巨杉の茂る静かな石畳の古道(滝尾道)を歩き、日光三社権現のひとつの弘法大師が開いた滝尾の霊地に鎮座する滝尾神社、役小角をまつる行者堂など、東照宮以前の日光開山ゆかりの聖地をめぐります。
  ※ 二社一寺:日光東照宮・ 日光二荒山神社・日光山輪王寺
          東照宮は、正保2年(1645年)11月に、宮号がおくられ東照宮と改められるまで、
          東照社(とうしょうしゃ)と呼ばれていたので、二社一寺と呼ばれる。
    勝道上人(しょうどうしょうにん):日光山を開山した、奈良時代から平安時代初期にかけての僧。僧開山堂で説明
    日光三社権現:本宮神社、新宮神社(現在は、二荒山神社)、滝尾神社
    役小角(えん の おづの):飛鳥時代から奈良時代の呪術者。行者堂で説明。
 さて、Yahoo!で検索すると 滝尾道:1870件 滝尾の道:3010件 滝尾の路:3530件 滝尾道:4件 とヒットしました。
そこで、このページの中では、開山堂から始まる石畳の古道を「滝尾道」と標記し、今回のフォーキングコース全体を言い表す時は「滝尾の路」と標記しています。
  

 6時10分に出発、前回「トレッキングシューズ&ストックを忘れた」ことに気づいたコンビニでお弁当を買い、日光市役所日光総合支所の無料駐車場へまっしぐら・・・・。

1. 日光市役所日光総合支所
2011年の日光総合支所 2011年の日光総合支所 2010年の日光総合支所
 8時40分 日光市役所日光総合支所に到着。
右の写真は、左側が2010年10月23日の様子で、右側2枚が今回(2011年10月29日)の様子です。
紅葉の様子に差があるのが分かりますか・・・?

 日光総合支所は旧大名ホテルで、日光を訪れる外国人観光客のホテルとして、1919年(大正8年)に15年の歳月と建設費約35万円を費やして建てられたそうで、1954年(昭和29年)から庁舎として使用され現在は国・登録有形文化財(2006.03.02)とのことです。
 9時5分 トイレ休憩等を経て さあっ! 出発。

帰りの神橋 朝の神橋 2. 神橋

 世界遺産・神橋(しんきょう)
 大谷川(だいやがわ)に架かる長さ28メートル、幅6メートルの朱塗りの橋で、当初の橋は日光開山の祖、勝道上人に関わる橋らしい。現在の神橋は、二荒山神社の所有で国指定重要文化財です。
 左が朝の神橋、右が午後3時頃の神橋です。
3. 歴史探勝路本宮神社四本竜寺
笈掛石 歴史探勝路
 神橋を渡った先にある階段を斜め右上に登ると「歴史探勝路」となる。

まもなく左手に、勝道上人か笈を立て掛けて休息したと伝えられる笈掛石(おいかけいし)があった。
   ※ 笈:僧,山伏などが背に負う経文(きょうもん)などを入れる箱、
       「ふみばこ」ともいわれた。
 本宮神社
 9時10分 本宮神社

その先には、勝道上人が延暦9年(790年)に立てた本宮神社(二荒山神社の別宮)がある。
紫雲石
 紫雲石

 勝道上人が礼拝していると、この石の辺りから紫の雲が立ちのぼり、青龍-せいりゅう-(東)、朱雀-すざく-(南)、白虎-びゃっこ-(西)、玄武-げんぶ-(北)の四雲がわいたことから紫雲石と呼ばれる。そしてここが、四神嶺といい、天を司る四つの宿星がこの地の四隅を守護している霊地と知り、766年に四本龍寺を創建した。
現在は、観音堂と三重塔があるのみだが、ここが日光発祥の地であり、奈良、平安時代には日光の中心地であった。<四本龍寺紫雲石の看板等から編集>
四本龍寺三重塔
 四本龍寺 三重塔

 将軍・源実朝の供養のために1241年に東照宮境内付近に建立。その後この地に移された。
1684年の大火で焼失し、翌年再建されたのが現在の塔のようです。
四本龍寺観音堂
 四本龍寺 観音堂

 766年 大谷川を渡った勝道上人一行は、この地に草庵を結び、四本龍寺を立てた。別名、金剛堂とも呼ばれる。
小玉堂 4. 小玉堂日光東照宮美術館

 9時21分 小玉堂

 杉林の中に、小さいながらも朱塗りの小玉堂(こだまどう)があった。
弘仁11年(820年)弘法大師(空海)が、滝尾において修行をしたおり、池の中から大小二つの白玉が浮かび出た。空海は、小の球を虚空蔵菩薩(こくぞうぼさつ)の本尊として、堂を立てて祀ったという。これが小玉堂である。
日光東照宮美術館 日光東照宮美術館
 9時28分 日光東照宮美術館

 今日は、韓国螺鈿工芸作品展示会をしていました。常設展示としては、横山大観などが展示されています。
開山堂 5. 「滝尾道」の起点 / 開山堂勝道上人の墓

 9時33分 開山堂(かいざんどう)

 堂内には、弘仁8年(817年)に83歳で亡くなった日光開祖・勝道上人とその十大弟子の木造が安置されている。
香車堂 観音堂  観音堂(かんのんどう、産の宮)

 開山堂の左に隣接するのは安産信仰の社で、観音堂:別名「香車堂」(きょうしゃどう)がある。将棋の駒の香車が戻らずに直進する駒なので、妊婦がこの駒を借りて帰り、自宅の神棚に祀ると無事に出産できるという。
出産後は、借りた駒と共に新調した駒を一緒に返納するので、駒の数は増えるばかり。
陰陽石
 陰陽石(おんようせき)

 観音堂の左奥、枡形の石囲みの中にある二つの自然石が陰陽石と呼ばれ、男性(陽)と女性(陰)を示すものと言われている。男女が和合し、子宝に恵まれるということから、豊穣への祈りも込められるようになった。
仏岩
 仏岩(ほとけいわ)

 陰陽石の右奥にある裏山、切り立った断崖一帯を仏岩と呼ぶ。頭上の岸壁に仏の姿をした岩が並んでいたというが、地震で崩れ、今は開山堂裏のくぼみに、六部天の石仏(梵天、帝釈天、不動明王、四天王のうちの三体)が並べられている。
勝道上人の墓
 勝道上人(しょうどうしょうにん)の墓

 開山堂と仏岩の間に、日光開山の祖、勝道上人の墓がある。
勝道上人は、仏岩で荼毘にふされ、当初遺骨は仏岩谷の上方に埋葬されたが、東照宮鎮座のおり、開山堂が建てられ遺骨も開山堂裏に移された。
石田畳の滝尾道 道標/滝尾道  「滝尾道」の起点

 開山堂から右回りに見てきて、石畳の参道に出てきた。そこには「滝尾道」の石柱がある。ここから滝尾古道が始まる。この道は、一日に何往復もして修行したといわれる修行者の道です。 ただし、修行者でない現代人は、石畳の隙間が大きいので 捻挫 には注意が必要です。

中編(古道/滝尾道)へ続く 

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